観劇すること幾星霜。

ジル・リチャンヌが観劇の話をするぶろぐ。

【自分語り】好きなものを共有したくない

わたし基本的に自分のほんとに好きなものを誰かと一緒に楽しむのって嫌いなんですよ。だって温度差とかあるじゃないですか、同じもの好きだったとしてもそれを楽しむ温度はそれぞれ違うし、その温度差で相手が高ければ自分は冷めちゃうし相手が低ければ気を使って楽しむどころではなくなる。


誰かと一緒に楽しめるものだってあるけど、それはもうコンテンツとしては楽しみ尽くして、味わい尽くした次のステップとして「共有」という楽しみ方の段階にたどり着いただけであっていまそのものに熱を上げて楽しんでるのを共有しているわけではないんじゃないですかね。
だから私は好きになったものを誰かに教えたくないし、教える相手は適度に自分とは好みがズレた相手にしてます。というか、仲の良い数人は昔好きだったものや経てきた歓喜を共有していて現在進行形でハマっているものは違うみたいな子達ばっかりです。


これが、なんとなく同担拒否に繋がる部分もあるのかなって私は思います。
自分の楽しみ方だけを、自分の世界の中だけで楽しみたいから他人がいるだけで純粋にコンテンツを追えなくなるしそれが嫌。その「他人」にはコンテンツの発信者も含まれていて、たとえば俳優やアイドル、作家の握手だったりサインだったり、接触系のイベントがこわいのは「私」と「作品」という2人だけの関係・世界に作者という他人、しかも他人の中でも作品に絶対的な権力を持つ神のような存在が介入してくることで乱されるのを恐れている表れなのかなとも思ってます。

 

こんなことを言いながらも好きな作品を想像した作者のことは大抵好きになるので、他人の介入を恐れるわたしを会いたい接触したいミーハーな私が殴り飛ばしてイベント参加しちゃうんですけどね。